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東京地方裁判所 昭和51年(わ)5418号 判決

主文

被告人を懲役六月に処する。

この裁判確定の日から二年間その執行を猶予する。

押収してある登山ナイフ一丁(昭和五一年押二五五一号の一)および模造拳銃一丁(弾七発付き、同号の二)を没収する。

理由

(罪となる事実)

被告人は、昭和五一年四月、それまで勤めていた会社を退職して以後、職がなく、退職金や失業保険金によつて生活していたが、貯えも次第に底をつき、失業保険も一〇月一〇日九万円の給付を最後に打切りとなつて生活に窮した末、事務所等に忍び込んで窃盗を働き、もし他人に発見された場合にはこれに脅迫を加え、金品を得るか、もしくは逮捕、賍物の取還を免れることを計画するに至り、これに使用する兇器として、刃体の長さ約一四・五センチメートルの登山ナイフ(昭和五一年押二五五一号の一)および模造拳銃(同号の二)各一丁を、窃盗に使用するドライバー、ペンチ、ニッパー、ガラス切り、懐中電燈、白手袋、面相をかくすためのサングラス等とともにアタツシユ・ケースに入れて携帯し、同年一〇月二五日午前一時五〇分ころ、東京都豊島区東池袋一丁目五番六号付近のビル街の路上を、侵入すべき事務所等を物色しながら徘徊して犯行の機を窺い、もつて強盗の予備をなしたものである。

(証拠の標目)(省略)

(主張に対する判断)

弁護人は、被告人は人のいない事務所等を狙つて窃盗をすることを計画し、ただ万一発見された場合に備えて判示登山ナイフや模造拳銃を携帯していたに過ぎず、強盗をしようという意図は未だ確定的なものではなく、この程度の意図は強盗予備罪における「強盗の目的」に該当しないとして、いくつかの学説を援用し、無罪と主張する。

なるほど被告人は、はじめから人を脅迫して金品を奪う、いわゆる押込み強盗、辻強盗の類を計画していたものではなく、第一次的にはあくまでも窃盗を計画していたもので、ただ不幸にして人に発見された場合に脅迫を加える手段として判示ナイフ等を用意し、携帯していたものと認められる。なお脅迫して逃走しようというだけなのか、進んで金品奪取の手段としての脅迫を考えていたのかは必ずしも明らかでないが、わざわざナイフと模造拳銃の二通りのものを準備する等、かなり周到な準備をしている状況等に徴すると、被告人の検察官に対する供述調書にあるように逃げるためだけに使用するつもりであつたとも認め難く、いわゆる居直り強盗も一応想定して準備したものと推認すべきであろう。

ところで、居直り強盗は本来の強盗の一類型であり、事後強盗も強盗をもつて論ぜられるのであるから、強盗予備罪における「強盗」にこれらの類型が文理上含まれないとは解し難く、要は同罪における「強盗の目的」として犯人にどの程度の主観的意図があれば足りるのかということに尽きるものと考えられる。そこで更に考えて見るに、本件における被告人の意図は、前記のように、「窃盗に入りもし見付かつたら脅す」というにあつたわけであるが、脅迫の道具としては前記のように二通りのものを、今回はじめて入手したわけではなく以前から手もとにあつたものにせよ、窃盗(忍び込み)に使用するドライバーその他の道具と共にアタツシユケースに入れて携帯し、前日から住居を出て都内を徘徊し、はじめはなかなか実行の決心がつかなかつたが、山手線の終電車内で眠り込んでしまい、池袋で駅員に起されて下車してからは、所持金は一〇〇円に満たず、住居に帰ることもできないまま、いよいよ盗みに入る決意を固め、同駅付近のビル街を、盗みに入るに適当な建物を物色しながら徘徊していたというのであるから、右「盗みに入つて、見付かつたら脅す」という意図それ自体は既に明確に形成されていたものと見ることができるのであつて、この点において、弁護人が援用する注釈刑法(6)一〇八頁の設例、「窃盗犯人が護身用に兇器を携帯し、ただ場合によつては居直り強盗に転ずることがあるかもしれないという程度の未必的な意思を有していた場合」とは必ずしも同じではないということができる。即ち、本件の場合強盗の犯意を実行に移すかどうかは「人に見付かつたら」という条件にかかつているけれども、右犯意自体は、そのような条件付のものとして一応確定していたと見ることができるのである。ここで殺人予備罪についての解釈を見るに、同罪における「殺人の目的」は条件付であつても未必的であつてもよいとされているのであつて、そうであるならば強盗予備罪についても同様に解すべきであり、本件において被告人に前認定の程度の意図が認められる以上、強盗予備罪の成立を認めて差支えないと考えられる。

(適用法令)

刑法二三七条(二三六条、二三八条)、二五条一項、一九条一項一号、二項、刑訴法一八一条一項但書

被告人は前科前歴全くなく、反省も顕著、本件は犯罪の成立は積極に解さざるを得ないとはいえ、強盗の意図は前認定の程度のもので、現実には窃盗の実行にも着手せず検挙されている、動機には同情の余地もないとはいえない等の諸点を考慮し、主文のように量刑する。

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